埼玉県道395号線(天目指峠) 最終回
地形図で確認
峠周辺の地形図を見ていく.
峠の北側も相変わらずの急カーブの連続であるが,比較的すぐに沢が地形図上にも現れ,また「上久通(かみくずう)」のあたりからは民家がある様子が分かる.また,周囲の山にも,針葉樹林だけではなく,広葉樹林の地図記号もわずかながら見られる.
標高は,峠が約490m,「上久通」のあたりが約345mと,こちらもかなりの急勾配ではあるが,等高線の間隔をおおまかに見ると,尾根筋の南側よりも北側の方が若干間隔が広く,すなわち相対的にはなだらかであることが分かる.関東地方の谷は南向き斜面の方が急であるような非対称谷が多いという話を聞いたことがあるが(例えば,貝塚爽平『東京の自然史』(講談社学術文庫)p.107で霜柱を使った説明が試みられている),ここもその例と言えるかもしれない.
県道以外の道にも注目してみる.まず,天目指峠を東西に貫く点線の道があるが,これは前回にも登場した,「関東ふれあいの道『伊豆ヶ岳を越えるみち』」を構成する尾根伝いの山道である.西へ進めば高畑山という山,東へ進めば子の権現という寺院に到達することが分かる.
また,「上久通」のあたりで県道はとてもきついヘアピンカーブを描いているが,ちょうどその頂点から西へ実線の道(軽車道)が延びている.これは「林道上久通線」という名前の林道らしい.車道のままどこかへ通じているわけではないが,伊豆ヶ岳への登山などには使えるようである.
この地点は以前は路線バスの折り返し所として利用されていたようである.Wikipediaによれば,
昭和40年代までは、全線にわたり路線バスが運行されていた。上久通林道との分岐点付近を境に北側を西武バスが、天目指峠を越える南側を国際興業バスが運行していた。
ということである.峠を越える区間もバスが走っていたというのはにわかには信じがたい.離合はどのようにしていたのだろうか...
さらに下流側の地形図も見てみよう.峠の南側とは違って,民家が始まってから国道299号線に到達するまでが長く,また途中には何ヶ所も車道が分岐する箇所がある.そのうち,寺院の地図記号の近くで南に分かれて行く道は,子の権現に至る林道である.神社や寺院,墓地などの地図記号も散見される.沿道の地名は,「上久通」「下久通(しもくずう)」の他に,「南川」が2箇所に見られる.高麗川の南という意味と,その支流である県道沿いの川(久通川という名前と思われるので以後そう呼ぶ)の南という意味と,両方が想像される.
峠を出発
さて,峠を出発する.「第1回」でも貼り付けた車載動画をもう一度貼っておく.この動画の4分20秒からが下りである.
次は峠を出発してすぐのシーンだが,また山側の石積みが何種類もあって面白い.
また,こちら側にはこのような縞々の凹凸の舗装がなされている.タイヤ痕もあり不穏だ.
さきほど(第2回参照)上から見えていたヘアピンカーブ.こころなしか南側よりも明るい気がするのは,前述したように北側斜面の方がなだらかであることの現れであろうか.
その後も順調に下ってゆく.ここの法面などは比較的新しいような気がする.また,これも斜面のなだらかさのせいか,南側に比べて,このような長い直線が多いように感じた.見通しがよいのはうれしいが,その分速度が乗ると危険だ...
このような,南側にも見受けられたような薄暗く狭く急なコーナーもあるが,ほどなくして,上久通に到着する.
上久通林道分岐点
これが,上久通林道との分岐点,かつてのバスの折り返し所の景色である.正面は行き止まりの林道,県道は右手前方向である.
ご丁寧に案内標識が立っており,ここが県道であることも再確認できる.県道を進んだ先がおにぎり(国道標識)だけで表されているのもかわいらしい.
ヘアピンを曲がりきったところ.ここならバスもギリギリ折り返せそうだというスペースがある.その先,道は再び狭くなり,
このように,谷筋のわずかな平地に作られた畑や民家の間を縫って走ってゆく.
少し行くと,子の権現へと続く林道が右に分かれていく.一応舗装はされているようだが,離合が困難な道幅が3km続く過酷な道と思われる.
その少し先でこのように沢を渡り,ここからは左岸側を進む.その後も県道は同じくらいの道幅で川に沿って進み,途中民家があったりそれが途切れたり,また左右から何本かの道が現れたりする.
国道へ
しばらく進むと,おもむろに道幅が広くなる.
ここまでくればもう国道はすぐ近くである.こちら側の道路情報案内板も確認できる.
このあたりで実は久通川は高麗川に合流している.
高麗川は南の方へ少し蛇行していて,その蛇行の頂点のあたりに注ぎ込んでいるわけである.そして,高麗川を渡って,
渡り切ったところを右折して,しばらく行くと,
ここで国道299号線に合流する.ここが県道395号線の起点,今回のゴール地点である.
ここでもう一度この地形図を見てみると,国道は少し高度を上げてまで,高麗川の蛇行を無視して直線的に通っている.ここから予想できることは,以前の国道は,より高麗川の流れに近い方,すなわち,現在の県道395号線のうち橋を渡って右折したあとの部分や,橋を渡ってすぐを左折した先などを走っていたのだろうということだ.その頃は県道の起点は先ほど渡った橋のたもとのところになるのだろう(時系列など本当のことは分からない).
この日はこの後,正丸峠や浦山ダム,定峰峠などに向かった.
情報
路線名:埼玉県道395号南川上名栗線
全長:7,086m(Wikipediaより)
起点:埼玉県飯能市大字南川
終点:埼玉県飯能市上名栗
公共交通機関:峠の北側へは,西武秩父線西吾野駅,正丸駅より徒歩.南側は,国際興業バスの森河原バス停が最寄り.